最高裁判所第二小法廷 昭和59年(あ)1280号 判決 1988年4月15日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人寺島秀昭の上告趣意及び同恵古シヨの上告趣意第一について
所論のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質において単なる法令違反の主張であるから、適法な上告理由に当たらず、憲法二一条一項、二二条一項違反をいう点は、原判決のように、本件「ビバ・ナチュラル」について、単にその成分のみでなく、その物の形状、外観、販売の際の演述宣伝などをも総合して、薬事法二条一項二号の医薬品に当たるとし、同法二四条一項違反の罪の成立を肯定しても、憲法の右各条項に違反しないことは、当裁判所大法廷判例(昭和三八年(あ)第三一七九号同四〇年七月一四日判決・刑集一九巻五号五五四頁、昭和二九年(あ)第二八六一号同三六年二月一五日判決・刑集一五巻二号三四七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく、判例違反をいう点は、原判決が所論引用の判例(最高裁昭和五六年(あ)第五八号同五七年九月二八日第三小法廷判決・刑集三六巻八号七八七頁)と相反する判断を示したものでないことは明白であるから、所論は理由がない。
弁護人恵古シヨの上告趣意第二ないし第四について
所論は、違憲をいう点を含め、実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ検討するに、本件「ビバ・ナチュラル」の成分、形状、名称、表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、特に、販売に際して「このビバ・ナチュラルは、高血圧、動脈硬化、肝臓疾患に非常に効果がある」旨記載したポスターや、これらの疾患、症状に対する薬理作用を示す「治験例集計紙」を添付するなどして、その医薬品的効能効果を演述宣伝している事実などを総合して、本件「ビバ・ナチュラル」が薬事法二条一項二号の医薬品に当たるとした原判断は正当である。
よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官島谷六郎 裁判官牧圭次 裁判官藤島昭 裁判官香川保一裁判官奧野久之)
弁護人寺島秀昭の上告趣意(昭和五九年一一月二八日付)
原判決に憲法の違反があり、さらには憲法の解釈に誤があるのでその破棄を求める。被告人らは無罪である。
第一、憲法三一条違反
原判決は第一審判決が現行薬事法の立法趣意を「医薬品の使用によつてもたらされる国民の積極、消極の種々の弊害を未然に防止する」ものであるとし、薬事法二条一項二号にいう医薬品とは「その物の成分・形状・名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量・販売方法、その際の演述・宣伝などを総合してその物が通常人の理解において、人又は動物の診断、治療または予防に使用されることが目的とされている」と認められるものをいい、客観的に薬理作用を有するものであるか否かを問わないと解し、右基準にてらしたうえで、本件『ビバナチュラル』はその意味で医薬品に該当するとした判断を正当としてこれを是認している。
そしてこの原判決の右判断基準を一口にいつてしまうならば、「通常人が見てその物が薬に似ているか否か」に帰着するのである。
しかし、ここでいう「通常人」とは、一体どのような人間をさすのであろうか。原判決は右判断基準の中では、本件『ビバナチュラル』の販売先の職業・資格などについては一顧だにしていない。してみれば原判決は、「通常人」としておそらく医薬品や健康食品の知識のない一般人を想定しているものと思われる。しかし、右のような知識の全くない一般人などは、現代社会においては捜しても見つからないであろう。現代社会には種々雑多の情報があふれており、いわゆる一般人はこのような中から、自らに必要なものを主体的に選択し、知識として蓄えているのである。この原判決のいう通常人のとらえ方は、日本国民を、食品・医薬品の区別もつかない愚民であると考えるものであり不当であることは論をまたないが、原判決のように、机上において「通常人」というものをこのように想定することは、薬事法適用の範囲を抽象的一般人(裁判官の机上の産物)の判断に委ねることになり、その適用の予測がまるでつかない結論を導くことになつてしまうのである。
原判決は第一審判決の「ビバナチュラルの形状は(一) 顆粒状粉末一グラム入りのアルミ袋が一箱に三〇包入つているもので、医薬品の形状に類似し、(二)外箱には東京都医師協同組合連合会推奨品のレッテルが貼られ、(三)小売値(一箱四五〇〇円)が普通の海藻の市価と比較して高価であること、(四)一箱(三〇包入り、一カ月分)との表示があつて一日一包の処方を指示していること等の事実とあいまつて、外観上医薬品に相当程度近似しているとの印象を否めない。」との判断をビバナチュラルが箱の外部に「海藻エキス」「健康食品」と表示してあるうえ箱の中に「当製品・海藻エキス『ビバナチュラル』は薬ではありません」との記載があることを考慮にいれても正当として是認している。
いちおうこの結論の当否は論じないとしても、右結論が非常に主観的なものであることはわかるであろう。
なるほど、従来の医薬品には『ビバナチュラル』とよく似た形状をしたものがあつたであろう。しかし、現代においては医薬品独特の形というものなどありえないのである。エキスの抽出の技術が発達すればするほど、食品も粉末や錠剤などに姿を変えることは当然であり、またその包装を分包にするか、大きな袋やびんにいれるかは、ひとえに販売のしやすさや購買層のニーズなどから決まつてくるのである。今や食品そのものに固有の形などないのである。
このような中で薬の形状に類似しているか否かの判断はきわめて主観的にならざるを得なくなる。
さらに原判決が「東京都医師会協同組合連合会推奨品」のレッテルの存在が「ビバナチュラル」が医薬品と近似していることの一資料となるとする点、また医薬品は高価なもの、そうでない食品は安価なものと決めつけている点もきわめて主観的判断である。医師に関連するものはどの範囲で医薬品になるのか、また高価といつてもどの程度から高価であるといえるのかについて全く客観的基準などなく、主観的判断にならざるを得ないのである。さらに箱の表には「海藻のエキス」「健康食品」と大きく表示されており、箱の中には注として「当製品海藻のエキス『ビバナチュラル』は薬ではありません」との断り書すら入つている事実があるにもかかわらず、またこの事実を認定したにもかかわらず、薬に似ていると判断することもまたきわめて主観的な判断である。客観的基準があるとは全く考えられないのである。
たとえば「健康食品」とではなく「海藻顆粒食品」として書いてあつた場合はどうなのか、また右断り書を箱の中にではなく外に大書した場合はどうなのか、前記(一)〜(四)の基準とあいまつて「ビバナチュラル」は医薬品と判断されるのであろうか。長期間裁判で争つていかないことにはその結果はわからないというのでは構成要件は保障としての機能をしていないことになる。
薬事法適用の範囲が明確化されないと、健康食品の形態や販売方法について何が規制の対象となるのか全くわからず、健康食品販売自体が抑制されてしまうことになるのである。
このように、構成要件の保障の機能の低下を招いているのは、原判決の行つている薬事法第二条一項二号の許されざる類推解釈である。
本件販売はすべて卸売であり、その販売先も医師(小向医院・坂井医院・大磯クリニック・有留産婦人科・総合荻窪病院)、また医師への販売専門会社((株)東洋信販)、薬局(赤羽薬店・メリー薬店)、美容専門業者(ビューティドック四ツ谷・モデル商事(株))、健康食品業者((株)リケン)、医師・薬剤師専門業者かのような外観を作出したもの(喘息食事研究所)等すべて『ビバナチュラル』を医薬品であると、万が一にも誤解するような人間はいなかつたのである。また被告人らは食品であるということは、そのパッケージ注書でまず誤解のないよう明示し、さらに口頭でも程度の差こそあれ、その原材料・製法を説明することにより、直接的に食品であることを念押ししているのである。そしてその結果、右のとおり、各販売先は現実にも『ビバナチュラル』を医薬品として誤解したものなどなく、医薬品でないからこそ購入したのである。
本来食品には薬事法は適用できない。拡張解釈の域をはるかにこえて、辯護士の販売業者へのアドバイスも不可能にするほどの類推解釈は、憲法三一条に定める罪刑法定主義の大原則を揺るがすもので、原判決は薬事法の適用について憲法三一条違反を犯している。
第二、憲法二一条一項、二二条一項違反
原判決は販売形態及びその際の演述・宣伝について「第一審判決が(一)被告らは雑誌や新聞記事のコピー及び宣伝用パンフレットならびに各販売先において小売に使用するためのポスターを多数作成して販売にあたり、各販売先に配布していたが、これらはいずれも医薬品的効能効果について直接または間接的に言及したものであるとしていること(二)被告人鈴木において昭和五二年七月ころ作成した「治験例集計A・B」は『ビバナチュラル』の薬理作用を明示したものであり、被告人らはこれをコピーし、自らの企画した海藻についての講演の際に参加者に『ビバナチュラル』の試供品と共に配布したり、また販売にあたつて右治験例集計紙を添付し、もしくはこれを示して口頭で内容を説明していることが認められるとしたこと(三)被告人らの本件販売先中・小向医院以外の販売先についてはいずれも各販売担当者が肝臓・高血圧・便秘等に効果がある旨の薬効を口頭で告げたと認めたことさらに(四)小向医院については、被告鈴木が効能効果の記載のある前記ポスター二枚を添付したことが認められる旨説示したことをすべて是認できる」としたうえで、被告人らが本件「ビバナチュラル」の販売にあたつて医薬品的効能効果を演述・宣伝したむね認定した第一審判決は正当であるとしている。
しかし、原判決はいうところ、健康食品の食品としての栄養効果も告げてはならないというところに帰着するのであり、そうすると健康食品販売業者の表現の自由・営業の自由は著しく侵害され、結果として、国民の「知る権利」を侵害することになつてしまうのである。
右侵害が憲法上の公共の福祉による制約であり、許されるものであろうか。本件では、誰一人として被害を受けた者はおらず、むしろ本品『ビバナチュラル』は、合成薬万能という誤つた風潮に一石を投ずる意味での食品として、薬事法の立法趣旨にもなんら反さず、国民の健康に寄与するものであり、この制約を公共の福祉によるものということなど断じてできないのである。
厚生省では今年七月「健康食品」を「栄養成分を補給し、または特別の保健の用途に適する食品」(厚生省組織令)と初めて定義し、正式認知の方向を控り、同省生活衛生局健康課に「健康食品対策室」を設置して「健康食品と健康のかかわりを、医学的栄養学的観点から明らかにし、適切な摂取方法についての正しい知識を普及していく」(設置要綱)ことになつたのである。
すなわち今までの規制一辺倒の行政対応を改め、国民に広く知識を普及すべきであるとの対応に一八〇度転換したのである。正しい知識があつてこその商品であり、栄養効果についての説明は、国民健康の面から考えても、もつとどしどし行われるべき性質のものである。そして、もしこの説明等に誇大や虚偽があるのならば、他の該当法律による取締りを考えるべきなのである。
よつて本件について薬事法を適用した原判決は、憲法二一条一項、二二条一項に違反する。
弁護人恵古シヨの上告趣意(昭和五九年一一月二八日付)<省略>